リプルニュース2001年4月号
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今月もリプルではイベントは有りません。
そこで、過去の話しになりますが『回航』のお話しでもしましょうか。
回航といえばここ何年かはとんと話しが回ってきません。やはり不景気の影響で艇の動きが鈍くなっているんですね。
過去21ft〜60ftまで何十艇も、西は岡山県、牛窓、北は岩手県、釜石と国内を回航したのですが、思い出に残るお話しを『喜怒哀楽』風に4個をシリーズもので書いてみました。
今月は『喜』。
バブル絶盛期のお話しです。
確かSAWAJI41だったと思います。とある岡山県のヨット大好きオーナーが買い付け、京急三崎マリーナから岡山は牛窓のマリーナまでのお話し。
それは、回航仲間のI氏からの電話で始まりました。『回航仲間のN 氏と行くけど行かない?ギャラは無しよ』。
当時は色々と仕事を貰っていたのでお手伝いの気持ちで乗り込みました。I氏、N氏、私とそれとオーナーの4人でのクルーズです。
出航はお昼近く最初はN氏がヘルムスです。相模灘を一路石廊崎を目指し機帆走で南下をしました。 途中で雨になり神子元島付近の定番の三角波近くで雨も上がりましたが、何を思ったかオーナーは大きくローリング、ピッチングを繰り返しながらのクルーズになっている中『クルージングスピン』を揚げようと言い出したのでした。
普通、私の回航はレースをやっているのでないので、お気軽、お気軽が前提です。我々3人はお互いに目を合わせましたが、でもオーナーのご指示と有れば話しは別問題です。
揺れるデッキでセットをし先ずはホイスト成功。でも如何せんローリング、ピッチングが激しくマストヘットリグの大きなスピンは、潰れては『バーーーン』、潰れては『バーーーン』の繰り返し。最後にはピーク近くまで縦にに裂けてしまいました。
石廊崎を交しヘルムスはI氏に代り針路を潮岬に執り順調な回航と思われていましたが、日没頃から吹き出した風はついには真上りになり、帆走を諦め機走オンリーで遠州灘を進みました。
ご存じの方が多いと思いますが、遠州灘のうねりは大変大きく波の下に来たときには、近くを航行する何千トンクラスの船が見えなくなってしまいます。
真上りの風は益々上がりだしマックス30ノットを超える様になり、バウからのスプレーはドジャーを超えコクピットのラットの処まで直接飛んで来るようになりました。
そのとき思ったのですが『視力』が良くて本当に良かったとつくづく思いました。ヘルムスをしているI氏は眼鏡をティシュペーパーで拭き拭きの状態でした。ちょっとの時間で眼鏡が塩で真っ白。
へーーーっ、眼鏡の人はこんなご苦労が有るんだと思いました。(実は自動操舵で走りドジャーからワッチだけしていれば良いのでしたが、私が作業中に足で蹴飛ばしてしまい壊れてしまっていたのでした。)
日が変る少し前私の番になり交代をしましたが、3人で話し合い一旦港に入ろうとなり、針路を潮岬でなく『尾鷲』に執りました。オーナーは新艇だというのにビニール袋にさえゲロ出来なくなり、床にげーげー、トイレにも行けない状態で返事をするのがやっとの寝たきり状態(オーナー失礼です)、風速は一向に納まる気配が有りませんでした。
荒れてはいるがタックもなければジャイブも無い、ただひたすら尾鷲に向け進むだけの単調な航海です。
真っ暗な墨を流したような海原には、行き交ったりそして時折追い抜いていく貨物船に注意を払い、ただただ進めるだけの単調な航海。荒れている海より睡魔との戦いです。I氏、M氏、オーナーはローリング、ピッチングをゆりかごのようにベットですやすや。
そんな睡魔との戦いの中で、空が白々するころようやく交代が出来ました。
出航から2日目の午後には懐の深い尾鷲にもやいをとり、回航に付き物の銭湯、オーナーのおごりでの寿司で疲れをとりキャビンで3人は死んだように眠りに就きました。
オーナーは大分堪えたらしく旅館での一泊後電車で帰路につきました。
十分に疲れを取った3人は日の出前の3日目の航海は一路牛窓を目指しました。
熊野灘は昨日の嵐とは打って変って真っ平ら。途中ポート側に上がる日の出の奇麗なこと、今だに目に焼き付いています。
潮岬付近では那智の滝が見えたり、本州最南端の灯台が見えたり(あたりまえか)結構楽しい航海です。
日向灘に入り鳴門海峡を目指しましたがすっかり夜になり、夜の海峡越えは危険でもありそれにも増して転流時刻を知りたくて、四国は徳島のケンチョピア(県庁のそばに有るのでこう呼ぶらしいです)に入港し情報を仕入れることにしました。
海から見た徳島はやけに明るくて、小さな小さな(本当は大きいですよ)入港灯が街の明りに埋もれてしまい見つけるのに随分と苦労をしました。(明るさ、間隔、色その他全部違うんです)
ようやく見つけ一番奥まったところにもやいをとる頃には日も変ろうかという時間でした。
銭湯も寿司屋もすでに開店している時間でないので焼肉屋で食事をとりながら新聞の情報をみると、残マイルと艇速を計算し05:00出航となり、普段ならサー寝るかとなるのですが魔が差しました。
N氏と私はふらりと出かけ艇に戻ったのは確か03:00、ほんの少しの仮眠が06:30。
『なんてこったーーーっ!』、『間に合わない!』、『でも行くだけいってみるか!』3人はほんの数時間前の馬鹿なことを悔いたこと、悔いたこと、とにかく機走全速力で4日目の航海は先ずは鳴門大橋を目指しました。既に転流は始まっていて、いたるところに大きな渦、渦、渦。
そのとき分かったのですが、小さな渦が回転しながら徐々に大きな渦になっていくのです、そしてさらに驚いたのは渦だけでなく、至るところに水の噴火みたいなものがグワン、グワンと湧いてくるんです。そしてさらに驚いたのは瀬戸内海と紀伊水道の境目にある鳴門大橋のところで段差になっているのです。瀬戸内海のほうが数十センチ高いんです。びっくりの感動もんです。
全速で進むのですが艇速は1ノット以下。ほんのわずかな距離ですが海峡を超えるのに30分近くかかりなんとか
瀬戸内海に入ることが出来ました。入ってみると嘘のような静けさ。まるでで大きな大きな湖の様です。小豆島のオリーブ畑を見ながらののんびりクルーズ。お昼過ぎには入港出来そうなので気分は爽快、天気も快晴に近く正に快適なクルージングを楽しいでいました。
そして遂にオーナーバースにもやいをとり無事今回の回航は終了致しました。
その後オーナー主催の早い夕食会となりましたが、これが今考えるとバブリーでしたです。畳1畳近い盛り板には鯛の頭がぼんぼんぼん、まぐろがざくざくざく、その他がんがんがん、オーナーの友人と我々5人でどうやって食べ切るの?。という感じで正にバブリーそのものでした。
そのときに勉強になったことがあります。生きた車海老の甲羅のむき方は頭をおさえることです。でないと頭の角でがつがつさされ血みどろの手で食さなくてはならなくなりますので注意です。
そしてオーナーの用意してくれたペンションで一夜を過ごし、早朝には破れたスピンの入った大きなスピンバック持ち、そしてこ汚いN氏と私は岡山空港にいました。
帰路、雲間から見え隠れする4日間の航海を、ほんの1時間ちょっとのフライトで済んでしまう現代社会のギャップにはちょっと違和感が有ったのは私だけでしょうか。
総じて感動する事が沢山有り、思い出に残る『喜』に価する回航でした。

     

釣りは現在受難の時期です。
水温が12、5度位まで下がり、食い気がたっていないです。
2月の始めと3月の後半に真鯛が馬鹿釣れしましたが最近は駄目、駄目状態です。
駄目もとでやっていると突然激釣なんてことがありますの諦めずにトライしてください。

     

リプル農場ですがきぬさやいんげんですがいよいよ収穫時期になりました。
先日20個位の収穫でした。
まだまだ本格的ではありませんが楽しみです。

     

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